こんにちわ、ひたすです。
先日、シン・エヴァンゲリオンを見てきました。
私は現在31歳ですが、エヴァのTVシリーズが1995年なのでちょうど私は6歳ですね。
あまりTVを見ない両親のもとで育ったので、幼稚園児の頃はほとんどテレビ、特にテレビ東京系列でアニメを見た記憶がないです。
ただ、エヴァについては、かなり話題だったこともあってか、かすかに記憶に残っており、ちょっとテレビを付けたときに、エヴァをやっていたが、両親にTVを消されたという記憶があります。
そのワンシーンのみの記憶で、それ以外の記憶は一切ありません。。
結局、私がエヴァのTVシリーズを全話見たのは、高校生になったときでした
確か、アニオタな友人がいて、その彼が熱心にエヴァを勧めていたのがきっかけでした。新劇の序が上映されるというのがきっかけだったような気もします。
それ以来、エヴァは旧劇から序破Qと見てきました。
あれは、序と破は確かY田くんと見に行ったのが最初だったと思います。
Y田くんとは今も親しく連絡を取り合っていて、シンエヴァについてもやりとりするくらいのなかです。
そして、Qと見に行ったのが、大学3年生の頃だったろうか。。
その頃、初めての彼女が結構アニメ見るのが好きで、その彼女と初めて見に行った映画が2012年のQでした。場所は池袋でした。
初上映から少し経過した12月にQを彼女と見に行き、、彼女と熱心に考察しあった。。。
あのころ、大学生だったあのころ、彼女がいたあのころ、
Qから9年という時間が経過しています。
もうQ以降、自分が生きているうちにエヴァが完結するなんて思いもしなかったので、映画館で見ることができて非常によかったです。
見終わったあとに残ったのは、
喪失感
と
高校大学と新劇が始まってから10年以上の月日が流れているという事実
です。
好きだったシリーズ物が終わるとき、味合うような、そんな喪失感がありました。
高校生の時と違って、最近は「何かを待ち望む」という渇望を感じることが極度に減った気がします。
そして、よく言われるような「アニメやドラマを全て見終える」ということが時間的な点も含めて辛くなってきている気がします。
そうした中でもエヴァシリーズは次回作を望んでいたものの一つなので、それが終えるという喪失感が残りました。
喪失感を味わえる という作品は、エヴァという作品が私にとってとても好きな作品ということを示しているのでしょう。
極めつけは、時の流れ。
序と破を見たときは高校生でした。
そして、Q。
あの頃の付き合っていた彼女も、今はシンエヴァを見ているんだろうか、レイトショーを見た帰りの夜道で、ふと思いました。
10年と幾ばく、自分の立ち位置は大きく変わって、東京から転職して地方都市で働いているなんて、序と破をY田くんとみたときも、Qを元カノとみたときも、、全く想像もしていなかったことでしょう。。
私は、この喪失感と、時の流れを別のなにかで埋め合わせをしないといけないのでしょう。
喪失感は、別の作品で。
時の流れは日々の充実感で。
そして、今の私にとってシンエヴァを見た結論はこうなるのだろう。
私は
胸の大きいいい女 を彼女にしたい
そう思ってしまったのです。
参考記事